【書評/要約】21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略

オリヴィエ・ブランシャール (著), 田代毅 (翻訳)
出版社:日経BP 日本経済新聞出版、出典:出版社HP

 

現在の先進国の政策立案者たちは、歴史的に見ても財政債務比率が高く、インフレーションへの対抗が終わった後には、実質金利が再び非常に低くなるという異常な経済状況に直面しています。

この組み合わせは、財政政策と金融政策の役割を見直すことが必要とされているのかもしれません。

財政政策がどのベクトルを持つかについては、幅広い意見があります。高い債務レベルを指摘し、債務削減を一番の優先事項とする者もいます。

一方、低金利についてあまり心配していない者もいます。その論者はまだ財政余地があると主張し、正当化される場合には、債務のさらなる増加を排除すべきではないと提案しています。

 

筆者のブランシャールは、低金利が債務の財政コストだけでなく、債務のコストも減少させることを示しました。同時に、低金利が金融政策の操作余地を減少させ、マクロ経済安定化のための財政政策、赤字や債務を含む、利用のメリットを高めることを示しています。つまり、低金利は債務のコストを低くし、利益を高めることを意味します。最適な政策の概要を描いた後、グローバル金融危機後の財政再編、日本における大幅な債務増加、現在の米国の財政・金融政策の組み合わせの3つの財政政策の例を考慮しています。【書評/要約/中身】

 

 

 

 

 

オリヴィエ・ブランシャール (著), 田代毅 (翻訳)
出版社:日経BP 日本経済新聞出版、出典:出版社HP

 

 

日本語版への序文

本書を執筆したきっかけは、日本の経験に関する研究を行うことだった。巨大な貯蓄と低迷する投資、それによって慢性的に需要が低迷する国において何が起こるのかということを示し最初の例が、1990年代初頭よりそれを経験した日本であった。

 

その課題に直面する中で、日本の政策立案者は積極的なマクロ経済政策に乗り出した。名目短期金利を実効下限制約に達するマイナスの領域にまで引き下げ、長期国債を購入して長期金利を引き下げた。これだけでは十分ではなく、巨額の財政赤字を計上することで需要を維持し、インフレを目標に近づけようとした。

その結果としては、このような政策がなかった場合に比べれば、需要が強くなり、経済活動も活発化したと言えるだろう。しかし、公的債務は着実に増加し、日銀が購入した長期国債が満期がゼロの中央銀行負債に置き換えられたために統合政府(政府と中央銀行をともに広義の政府の一部門として広義の政府と捉えるもの)の負債の満期は短期化した。これらは正しい政策だったのだろうか。より一般化して述べれば、慢性的な需要不足に直面する国にとって正しい政策とは何かという問題が、日本と同様の課題に直面する国が増えるにつれて、ますます重要になっている。

 

私の結論は本書の中で述べている。要するに、慢性的な需要不足に直面した場合、短期金利についても長期金利についても名目金利を可能な限り引き下げることが、確かに金融政策の正しい姿勢だ。それでも不十分な場合は、需要や経済活動をさらに活発化させるために財政赤字が実際に役立つ。この点で、財政赤字は考えられているほど危険なものでもコストのかかるものでもない。超低金利下では、債務ダイナミクスによって債務の国内総生産(GDP)比率を上昇させることなくプライマリーバランスの相当な赤字を計上することができる。また、超低金利はリスク調整後の資本収益率も低水準であることを示すシグナルであり、債務による資本の置き換えが厚生面で大きなコストをもたらすものではないことを示唆している。

 

日本の経験に当てはめると、金融政策・財政政策は積極的なものであったが概ね適切だったということが私の結論だ(この結論については本書の第6章で詳しく述べている)。より高い成長やより高い投資のために構造改革を同じように積極的に行うこともまた重要なことだったろうが、それは不十分だった。以上は過去を総括するものだ。日本の政策立案者にとって重要な問いは、今後何をすべきかということだろう。現在の超低金利下でも、民間の総需要は未だに低迷しており、経済活動を潜在水準に維持するためには財政政策の助力が必要である。同時に、債務が非常に巨大なものとなっており、金利の大幅な上昇が財政状態に壊滅的な影響を及ぼす可能性があり、債務の持続可能性やデフォルトの可能性について深刻な懸念を生んでいる。

おそらく、現時点での主な疑問は、金利上昇の可能性がどの程度かということだろう。その答えには2つの要素がある。今後10年から20年の間、債務ダイナミクスと厚生にとって重要なことは、金利そのものではなく、金利と経済成長率の差である。金利が経済成長率と比較して低いほど、債務ダイナミクスはより好ましいものとなり、政府には財政赤字を計上する余地が増加し、債務による厚生面でのコストも低下する。

 

したがって、中期的な観点から金利と経済成長率がどのようなものとなるかを考えなければならない。低金利の背景に存在する巨大な貯蓄、低迷する投資、国債などの安全資産への需要といった要因は今後も継続することが見込まれる。しかし、残念ではあるが、生産年齢人口の減少が継続することを反映して経済成長率が低下すると予想される。このことは、債務ダイナミクスがあまり好ましくないものとなることを意味し、財政政策を活用する余地が縮小することを意味する。

 

おそらく主な懸念は、今後数年間という近い将来に一時的かもしれないが、何らかの理由で金利が急上昇する可能性であろう。しかし、どの程度心配すべきかは金利上昇の原因によって異なる。

 

1つの可能性は投資家の撤退である。つまり、債務が持続不可能であるという自己実現的な信念を投資家が有するようになり、国債の保有に高金利を要求し、それによって投資家が心配する危機そのものが引き起こされ、また、デフォルトを誘発する可能性がある。海外投資家と比べて安定した投資家である国内投資家によってほとんどの国債が保有されていることを考えると、例えば新興市場国と比べれば、日本においてその可能性が実現する見込みは低いだろう。しかし、起こり得ることではある。だが、もう1つ別の結果、つまり、投資家が心配せず、金利が低水準にとどまり、債務が持続可能であるという結果が存在する限り、投資家が売却する国債を購入する用意が中央銀行にあれば、こちらの結果が実現される。日銀は過去の行動からその用意があることを示してきた。

 

もう1つの可能性は、民間需要が非常に強力になり、財政スタンスが一定の場合、経済の過熱を避けるために日銀が金利を引き上げなければならなくなるものだ。この場合は、問題はそれ自体で解決する。日本政府はプライマリーバランスの赤字を削減し、需要の増加を抑制し、日銀は低金利を維持することができる。言い換えれば、この場合は財政調整の速度を加速させることができる。良い知らせだ。

 

さらにもう1つの可能性は、中央銀行によるインフレ対策として一時的に、あるいは世界的な低金利の背景にあるいくつかの要因が変化することでより持続的に、世界の他の地域で金利が上昇することである。この場合、世界の他の地域での金利の上昇に完全に合わせる必要はな

い。国内金利の上昇を限定的なものとし、円安に任せて、その結果、インフレが上昇する方が明らかに良い選択肢だ。

つまり、破局が迫っているという懸念は妥当なものではない。しかし、高水準の債務と今後予想される金利と経済成長率の推移を踏まえれば、プライマリーバランスの赤字を継続する余地はあるが、財政政策は時間をかけて引き締め的になるべきであることが強く示唆される。それでは、政策立案者はどうすればよいだろうか。3つのインプリケーション(示唆)が存在する。

 

低金利下でも民間需要が低迷する場合、財政赤字以外の方法で消費や投資という民間需要を増加させる方法を政府は見つける必要がある。現時点では社会保険による保護が不十分な労働者に対しても社会保険を提供するように拡張すれば、予備的貯蓄を縮小させ、需要を増加させることができる。民間投資への波及効果が存在するグリーン公共投資は、債務ではなく税を財源としたとしても解決策の一部となるだろう。いつもどおりではあるが、長期的には経済成長率の向上、短期的には投資の増加となるため、構造改革が有効だ。

 

実質金利を低下させ、その結果、金融政策の余地が広がるとともに財政による助力の必要性が低下するため、持続的なインフレの上昇もまた望ましい。私は他の場所において、現在の2%ではなく、3%をインフレ目標の数値とすべきことを提案している。インフレ目標を再検討し、その達成に向けて努力する必要がある場所があるとすれば、それは日本だ。エネルギーや食料価格、サプライチェーンの混乱による一時的なインフレ率の上昇は、インフレ予想を以前よりも高い水準にアンカーすることを試みる良い機会だろう。

 

最後に、量的緩和よりも短期政策金利の活用に頼り、時間をかけて中央銀行のバランスシートを縮小し、統合政府の財政ポジション全体に金利上昇が及ぼす影響を軽減することも非常に望ましいものだろう。

これらは特効薬と言えるほどのものではなく、簡単なものでもないが、今後の日本の財政政策と金融政策の双方の輪郭を明確にし、向かうべき方向性を示すものだ。