教育経済学で考える子供へのご褒美の役割とは?釣っていいの? – 経済学の視点から

1. ご褒美の経済学的意義: 子供の学びと社会の未来

 

教育の場面での「良くできたね」という一言と、それに続く小さなご褒美。これらは、子供たちの学びや成長をサポートする上での重要な要素となっています。しかし、このような日常的な行為の背後には、経済学的な理論が隠れていることをご存知でしょうか?具体的には、学習の動機付けや教育成果の向上を促進する「インセンティブ」が、その役割を果たしています(Ryan & Deci, 2000)。

インセンティブとは、そもそも何でしょうか?インセンティブという概念は経済学において非常に重要な概念であり(経済学とはインセンティブの学問であると言われたりもします)、人々の意思決定や行動を変化させるような要因、報酬のことを指します。教育の場面において、ご褒美はインセンティブの一形態として機能します。適切なインセンティブを提供することで、子供たちの学習動機を高め、より良い教育成果を得ることが期待することができます(Deci, Vallerand, Pelletier, & Ryan, 1991)。また、子供たちの教育は、将来の社会全体の生産性やイノベーションに直接的な影響を与え、さらに経済学では、このような教育の社会的リターンを評価するための方法論も提供されています(Hanushek & Woessmann, 2007)。

 

2. 結果か過程、どちらを誉めるべき??

 

子供たちが努力や成功を遂げたとき、親や教育者が彼らを誉めることは自然な行為です。しかし、この「誉める」という行為自体が、子供たちの将来の学びや挑戦への姿勢にどれほどの影響を与えるか考えたことがあるでしょうか?今回は、この「褒める」という行為を経済学的な視点からも考察してみましょう。

例えば、子供がテストで良い点数を取ったり、スポーツで勝利したりしたとき、その「結果」を誉めるのはよくあることです。しかし、実は「結果」を誉めることが必ずしも良いとは限りません。実際に、Mueller (1998)の研究では、アメリカの子供たちを対象に、知性や努力を褒めるフィードバックが、その後のタスク選択やパフォーマンスにどのような影響を与えるかを調査しました。

この研究によれば、知性を褒められた子供たちは、困難なタスクを避ける傾向が強まり、失敗に対する耐性が低下することが示されました。一方、努力や過程を褒められた子供たちは、困難なタスクに挑戦する意欲が高まり、失敗を経験してもその後も努力を続ける傾向が見られました。すなわち、結果のみを誉めるということは、子供たちが短期的な報酬に焦点を当てる傾向を強め、失敗や困難に直面したときの対処能力や持続的な努力を続けることに対して限界があることがわかります。

 

一方、子供たちの努力や取り組み方、学習の過程を誉めることは、彼らの成長思考や挑戦への取り組みを促します。「過程」を誉めることで、子供たちは、困難や失敗を乗り越えるための努力や戦略を価値あるものと捉え、持続的に学習や挑戦を続ける意欲が高まることが示されています(Dweck, 2006. Mueller,1998)。

例えば、Blackwell, L. S., Trzesniewski, K. H., & Dweck, C. S. (2007)では、アメリカの中学生を対象に、学生たちの知性に関する信念(生まれ持った普遍的なもの vs. 後天的に成長できるもの)が、学業の挑戦や困難に直面した際の対応や成果にどのように影響するかを調査しました。結果として、成長思考を持つ生徒たちは、学業の困難に直面した際にも持続的な努力を続け、その結果として学業成果も向上したことが示されました。

一方、固定的な知性の信念を持つ生徒たちは、挑戦や困難に直面すると努力を放棄する傾向が強まることが観察されました。この研究からも、教育者や親が子供たちの学習過程や努力を認識し、それを適切に評価・フィードバックすることが、子供たちの学習動機や持続的な努力を促進する上で重要だということがわかります。

 

3. 教育現場でのインセンティブ: 効果的なご褒美の設定

 

子供たちを誉める行為は、家庭の中だけでなく、学校や教育現場でも頻繁に行われます。実際、大きな集団の中で、どのようにインセンティブを設定するかどうかで、教育の質や子供たちの学習成果に大きな影響を及ぼします。

例えば、クラス全体の行動や成果を基にしたご褒美は、集団としての協力や連帯感を育む効果があります(集団内のインセンティブ)。しかし、必ずしもそのようなインセンティブが機能する訳ではありません。Alejandro Cid & José María Cabrera(2023)の研究によると、ウルグアイの大学生を対象に扱ったフィールド実験では、個々の努力や成果が均一でない場合、集団全体としてのインセンティブが個人の動機付けに十分に作用しない可能性も示されています。

一方、個々の子供の努力や成果に応じてご褒美(個別のインセンティブ)を提供することは、個人の学習動機や自己効力感を高める効果が期待されます。もちろん、これには適切な評価基準や公平性を保つ必要があると考えられます。

 

4. 未来の教育:インセンティブとしての「ご褒美」の再考

 

上記に述べたように、家や学校を含む教育現場でのインセンティブ設定は、単純なご褒美の提供を超えた多面的な意味を持つ行為であると考えられます。子供たちの学習動機や自己効力感を高めるためのインセンティブは、結果を誉めるだけでなく、過程に対する賞賛や集団・個人への適切なバランスが求められます(Duckworth et al., 2007)。

未来の教育を考える上で、インセンティブの役割はますます重要になるでしょう。技術の進化や社会の変化に伴い、学びの形は多様化しています。その中で、子供たちの持続的な学びや挑戦を促すための新しいインセンティブの形を模索することが、教育者や親たちの新たな課題となるかもしれません。

最終的には、子供たちの内発的な動機付けを尊重し、それぞれの個性や才能を最大限に発揮させる方向でインセンティブを設定することできれば、持続的な学びと成長をサポートすることができるでしょう。そして、教育の場面でのご褒美やインセンティブの背後に隠された経済学的理論を理解し、適切な方法で取り入れることが、次世代を育てる上での非常に重要な役割を果たすでしょう。

 

References / 参考文献

Alejandro Cid & José María Cabrera (2023). The Use of Innovative Incentives in the Classroom to Explore the Impact of Peer Monitoring on Academic Achievements.

Blackwell, L. S., Trzesniewski, K. H., & Dweck, C. S. (2007). Implicit theories of intelligence predict achievement across an adolescent transition: A longitudinal study and an intervention. Child Development, 78(1), 246-263.

Deci, E. L., Vallerand, R. J., Pelletier, L. G., & Ryan, R. M. (1991). Motivation and education: The self-determination perspective. Educational psychologist, 26(3-4), 325-346.

Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and Passion for Long-Term Goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92(6), 1087-1101.

Dweck, C. S. (2006). Mindset: The new psychology of success. Random House Incorporated.

Hanushek, E. A., & Woessmann, L. (2007). The Role of Education Quality in Economic Growth. World Bank Policy Research Working Paper No. 4122.

Mueller, C. M., & Dweck, C. S. (1998). Praise for intelligence can undermine children’s motivation and performance. Journal of Personality and Social Psychology, 75(1), 33-52.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Intrinsic and Extrinsic Motivations: Classic Definitions and New Directions. Contemporary Educational Psychology, 25(1), 54-67.