【入門】やさしい教育経済学 – 5.学び直しの経済学

5.「学び直し」の経済学

学び直しは、現代社会でますます重要なテーマとなっています。特に、生涯学習、成人学習、継続学習、そしてリカレント学習といった異なる形態の学びが存在し、それぞれが独自の背景と目的を持っています。

生涯学習は、人々が一生涯にわたって学び続けることを目的としています。この概念は、自己啓発や生活の向上を目的とし、自発的な意志に基づいて行われます。日本では、この概念が政策レベルで取り上げられ、多くの教育プログラムが設計されています。

成人学習は、成人が特有の学習ニーズに対応する形で進行します。この概念は、アメリカの教育学者マルカム・ノールズによって提唱され、自律性が高く、職業や生活に密接に関連した教育が行われます。この視点は、教育が単なる「教える」活動ではなく、学習者自身が主体的に「学ぶ」活動であるという変化をもたらしています。

継続学習は、高校卒業後も学び続けることを指し、特にイギリスでは早くからこの概念が大学教育に取り入れられています。この形態の学びは、学位取得だけでなく、キャリアトレーニングや社員教育プログラムなど、多様なニーズに対応しています。

リカレント学習は、成人が生涯にわたって教育と他の活動(労働、余暇など)を交互に行うという概念です。この形態は、技術の進歩や社会の変化に柔軟に対応するため、自己のスキルや知識を継続的に更新する必要性から生まれています。

これらの学びの形態は、個々のライフステージやニーズ、さらには社会経済的背景に応じて選択され、組み合わされることが多いです。それぞれが提供する教育の機会を最大限に活用することで、一生涯にわたる学びと成長が可能となります。この多様性と柔軟性が、現代社会において「学び直し」をより豊かで有意義なものにしています。

 

経済理論からのアプローチ

・ミクロ経済理論

ミクロ経済学は、市場のメカニズムを通じて個々の経済主体の行動を解析します。この理論によれば、新しい技術や知識の習得は、市場での需要と供給によって価格(賃金)が形成される。例えば、IT産業が急成長すると、プログラマーの需要が増え、その結果、賃金が上昇します。この賃金上昇は、新たな教育や訓練へのインセンティブとなり、専門学校や資格取得に対する関心が高まります。

・人的資本論

人的資本論は、教育が個々の所得にどのように影響するかを研究します。この理論によれば、より高い教育水準は、高い賃金と継続的な職業訓練の機会につながる可能性が高いです。Jacob MincerやDave E. Marcotteの研究によれば、高い教育水準を持つ人々は、職場での訓練機会も多く、それがさらに高い賃金につながるとされています。

日本の学び直しにおける政策動向
2006年から政府レベルで「学び直し」の重要性が認識され始め、教育政策としても具体化してきました。初期段階では「再チャレンジ」の一環として、社会人が学び直せるような環境を整える方針が打ち出されました。この時点では、学び直しは補習的な学習、すなわち「学びを取り返す」意味合いが強かったようです。

2013年以降、この方向性はより高度化し、継続的な学び直しの必要性が強調されました。教育再生実行会議の提言では、社会人が持続的に学び続けることの重要性が指摘され、企業や産業のニーズに応える形で、とりわけリカレント教育が推進されるようになりました。

2017年の骨太の方針では、リカレント教育が具体的に言及され、人材投資としての位置づけが明確にされました。特に、企業内だけでの人材育成が難しい現状に対処するため、地域や産業界と連携した人材育成が推進される方向性が示されました。

2019年の骨太の方針では、リカレント教育の社会インフラの構築が目指され、教育訓練給付の活用が進められるなど、より具体的な方策が打ち出されました。この方針は、文部科学省、厚生労働省、経済産業省など関係省庁の連携によって具体的な実践へと移されています。

この一連の動きは、日本の労働市場と高等教育機関が、転職や再就職、起業などを円滑に行えるような社会を構築する方向で進んでいることを示しています。特に、リカレント教育という形で、個々のキャリアアップや企業の競争力向上に資する教育プログラムの開発と展開が促進されています。

 

学び直しと転職

日本の労働市場は急速に変化しており、企業と労働者双方に柔軟性が求められています。OECDのデータによれば、日本の25歳以上の成人の大学在籍率はわずか0.58%であり、先進国と比較しても極端に低いです。これは一度就職すると大学に戻る人が少ないためです。一方で、東京大学大学院教育学研究科の調査によれば、多くの社会人が大学院での学びに関心を持っているとわかっていますが、時間と費用が大きな障害となっています。

ヨーロッパの「ボローニャ・プロセス」やアメリカのSCANS、OECDのDeSeCoプロジェクトなど、国際的な取り組みでは「何ができるか」を明示する教育改革が進行中です。このようなアプローチは、学習者が「何を学習し、何ができるようになったか」に焦点を当て、それを明示的にすることで、労働市場での流動性やリカレント教育、さらには生涯学習にも寄与します。

日本でも、文部科学省の「先導的大学改革推進委託事業」や経済産業省の「社会人基礎力」のような取り組みがありますが、これらが十分に機能しているわけではありません。特に、日本の長期雇用文化と年功序列制度が、企業内での独自のスキル形成を重視し、一般的なスキルの開発やキャリアの多様性を妨げている側面があります。

このような背景から、日本の高等教育機関と企業は、学び直しやキャリア形成において「何ができるか」を明示し、それを評価する新しいメカニズムを構築する必要があります。それが、労働者が自らのスキルと価値を正確に把握し、労働市場でより高いモビリティを持つための鍵となるでしょう。